生稲晃子の若い頃がかわいい!学歴や元アイドルのプロフィールも!

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生稲晃子さんは、日本の女優、歌手、そしてタレントです。実業家としても活躍中とか。

そんな生稲晃子さんですが、若い頃がかわいい!という評判です。本当なのか調べてみました。

生稲晃子さんの学歴や元アイドルのプロフィールも合わせてご紹介します。

今回は、「生稲晃子の若い頃がかわいい!学歴や元アイドルのプロフィールも!」と題して紹介します。

 

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生稲晃子の若い頃がかわいい!

 
 
 
 
 
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生稲晃子さんの若い頃がかわいい!という評判が、本当なのか調べてみました。

昔の写真を見てみると、確かにかわいいです。清楚で、真面目そうな雰囲気で、いわゆるお嬢様といった感じがしますね。

後ほど紹介しますが、高校時代はとーっても優秀な生徒であったという生稲晃子さん。その真面目さが、雰囲気にもよく表れている気がします。

 

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生稲晃子の学歴は?

 
 
 
 
 
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生稲晃子さんは、東京都の小金井市立緑中学校、私立吉祥女子高等学校、そして恵泉女学院短期大学を卒業しています。

吉祥女子高等学校は、東京都武蔵野市にある私立の中高一貫校です。8割以上の卒業生が、4年制大学へ進学しています。

 

卒業生の進学先には、東京大学、京都大学、一橋大学などの難関国立大学や、慶應大学、早稲田大学、上智大学などの難関私立大学などがあります。優秀な学生を輩出している高校ですね。

吉祥女子高等学校では希望者を対象にオーストラリア研修を行ったり、選抜者にはフロリダ英語研修もあるそうです。英語にも力を入れている高校のようです。

吉祥女子高等学校では、芸能活動は禁止されていたにもかかわらず、生稲晃子さんが非常に優秀な生徒であったため、「トップの成績を維持すること、そして大学を受験すること」を条件に特例で芸能活動を特別に許可されたのでした!

芸能活動を禁止している学校が特別に許可するなんて、生稲晃子さんは、高校当時から非常に成績優秀で信頼のある生徒だったのですね。

その後、生稲晃子さんは恵泉女学園短期大学に進学し、卒業しています。恵泉短大とよばれていましたが、2005年に廃止され現在は、恵泉女学園大学となっています。

高校では成績優秀だったものの、芸能活動をしているという理由から大学入試の際に学校推薦を得られなかった生稲晃子さん。

実力で受験するため芸能活動を控え、受験勉強に専念したそうです。

生稲晃子さん自身は、芸能活動を長く続けようという意思はあまり強くなく、将来的には堅実な学校教諭になる道を考えていたそうです。

そのため、大学入学後も意欲的に授業に参加していたそうです。芸能活動と学業の両立は大変だったのではないでしょうか。

生稲晃子さんは、とても堅実で真面目な方なのでしょう。

 

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生稲晃子プロフィール

生稲晃子さんは、1968年4月28日生まれ、東京都小金井市出身です。

1984年に、ホリプロタレントスカウトキャラバンの賞金に惹かれ、兄を推薦者にして応募。結果は、3次落選となったものの、ホリプロ系列のモデル事務所からスカウトされました。

1986年に『タッチ』のヒロインである浅倉南のイメージガールを選ぶコンテストに参加。

そこでは惜しくも落選したものの、この時居合わせたレコード会社の関係者に「おニャン子クラブ」のオーディションに誘われます。

あまり乗り気でなかった生稲晃子さんですが、当時ファンだったトシちゃんのレコードをくれると言われたため、ためしにオーディションを受けることになったそうです。

落選したものの、系列会社からスカウトされたり、他のオーディションに誘われたりと、生稲晃子さんには光るものがあったのでしょう。

1986年、おニャン子クラブの会員番号40番としてデビュー、1987年には「うしろ髪ひかれ隊」としてレコードデビューを果たします。

うしろ髪ひかれ隊とはおニャン子クラブに所属していた生稲晃子さん、工藤静香さん、斉藤満喜子さんによる3人組アイドルユニットです!

 
 
 
 
 
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ふんにゃり静香と、ほんわか晃子と、しっかり満喜子というキャッチフレーズで当時、人気のユニットでした!工藤静香さんがブレイクしたのは、うしろ髪ひかれ隊の頃からです。

1988年、「うしろ髪ひかれ隊」の活動が1年で休止すると、生稲晃子さんはテレビドラマやバラエティに数多く出演するようになります。

生稲晃子さんの私生活では、2003年にCM制作会社プロデューサーの佐山智洋さんと結婚2006年に第一子である長女を出産しました。ちなみに、工藤静香さんは2000年12月に木村拓哉さんと結婚しています。

2006年からは、生稲晃子さんは事務所を移籍し、家事や子育てに支障ない範囲で活動中です。

また、夫婦で鉄板焼き屋を経営しており、生稲晃子さんも時間があるときは女将さんとしてお店に出ているようです。

家事に子育て、芸能活動、そして夫婦で経営する鉄板焼き屋の女将さんと、全てをこなす生稲晃子さんはとてもパワフルな女性です!

2009年には以前所属していた芸能事務所に復帰し、2010年には心理カウンセラーとしての活動も始めました。その後、認知行動作業療法士の資格も取得しています。

生稲晃子さんは、とても勉強熱心で、エネルギッシュですね!

そんな順風満帆ともいえる生稲晃子さんに転機が訪れたのは、2011年に乳がんの告知を受けた時です。

2015年までの間、5回もの手術と治療を繰り返し闘病生活を送っていたようです。

病を乗り越えた生稲晃子さんは、2022年に株式会社田谷の社外取締役に就任。それだけに留まらず、2022年の参議院選挙に自民党からの公認を受け出馬することとなりました。

生稲晃子プロフィール

名前:生稲晃子(いくいなあきこ)
生年月日:1968年4月28日
出身地:東京都小金井市
血液型:B型
身長:158 cm
デビュー:1986年
所属グループ :おニャン子クラブ(会員番号40番)
事務所:プロダクション尾木
主な出演作品
テレビドラマ
『キッズ・ウォー』シリーズ
『暴れん坊将軍VII・VIII』

 

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生稲晃子 まとめ

生稲晃子さんは、高校生の頃から優秀な生徒であり、芸能活動と学業を両立した学生でした。若い頃からかわいい姿は50歳を超えた今でも衰えてはいませんね。

一見、公私ともに順風満帆にみえた生稲晃子さんですが、その裏には、乳がんを患い闘病していた5年間があったというのですから驚きです。

2022年の参議院選挙に出馬したのも、闘病生活を経て何か感じるものがあったからなのでしょうか。

今後も、生稲晃子さんの活躍に期待したいです。

同じくがんを患った経験から、医療制度改革の必要性を痛感し、国会議員になった三原じゅん子さんについてはこちらで詳しく紹介しています。

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