木村太郎の年齢経歴や学歴まとめ?高校1年で退学になり転校した?

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木村太郎さんは元NHKのキャスターで、現在もフリージャーナリスト、コメンテーターとして活躍中です。鋭いコメントからは84歳という年齢を感じさせませんよね。

木村太郎さんの経歴や学歴についてまとめました。また、高校1年で退学になり転校したという情報がありますが、本当なのか調べました。

今回は「木村太郎の経歴や学歴まとめ?高校1年で退学になり転校した?」と題して紹介します。

 

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木村太郎の学歴は?高校1年で退学になり転校した?

 

木村太郎さんは、慶應義塾幼稚舎を卒業しています。幼稚舎といっても、慶応では小学校のこと!木村太郎さんの年齢を考えると、当時から裕福な家庭環境に育った様子がうかがえますね。

慶應義塾幼稚舎とは、東京都渋谷区恵比寿にある私立小学校です。

日本で最も古い私立小学校の一つであり、小中高大一貫教育を通して、福沢諭吉の教えを受け継いだ教育が行われています。

慶應義塾幼稚舎は140年以上の歴史をもち、数々の著名人を輩出してきました。

嵐の櫻井翔さん、ONE OK ROCKのTakaさん、森泉・星姉妹などが卒業しています。芸能人のお子さんが目指す第一候補によく挙がる一貫校ですよね。

その後、木村太郎さんが入学した慶應義塾普通部は神奈川県横浜市港北区にある私立中学校です。慶應義塾が設置・運営する学校で唯一の男子中学校です。

例年、慶應義塾幼稚舎からの60-70名と、外部小学校からの約180名の入学者で構成されます。ちなみに現在の偏差値は、64となっています。

慶應義塾普通部を卒業した木村太郎さんは、慶應義塾高等学校に入学します。慶応一筋でこのまま卒業し、慶應義塾大学へ進学するかと思われましたが、ここで転機が訪れます。

思春期の木村太郎さんは、学校をサボったり、悪さをしたりして高校一年生にして退学処分となってしまいます。

当時名古屋にいた木村太郎さんの父親は、退学処分となった木村太郎さんを名古屋に呼び寄せ、地元で最も厳しい進学校に転入させます。

転入先の学校は、東海高等学校です。

東海高等学校は、愛知県名古屋市東区にある中高一貫教育を提供する私立の男子校です。現在の偏差値は73となっており、愛知県では最も偏差値の高い学校となっています。

そこで、勉強する面白さに目覚めた木村太郎さんは、なんと退学させられた一貫校の大学(慶應義塾大学)を受験し、見事合格を果たしたのです‼

木村太郎さんは、慶應義塾大学法学部に入学、そこで二度海外へ留学を経験し、3年ほど遅れて卒業することとなりました。

 

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木村太郎NHK特派員時代の取材は?

 

木村太郎さんは、1964年に慶應義塾大学法学部を卒業し、NHKに入社しました。

記者として神戸放送局、報道局社会部に勤務。1974-1976年ベイルート特派員として、内戦に巻き込まれながら戦争を取材

その後は、1976-1978年ジュネーブ特派員、1980年からワシントン特派員としてレーガン政権の誕生を目撃しました。

ロナルド・ウィルソン・レーガンは、1981年から1989年まで務めたアメリカ合衆国の大統領。それ以前は、カリフォルニア州知事を務めていた元俳優さんです。

映画「バックトゥ・ザ・フューチャー」の中で、”ドクの「1985年のアメリカ大統領は?」という質問にロナルド・レーガンと答えるマーティが、まったく信じてもらえない”というシーンは有名です。

当時は、ロナルド・レーガン氏が歴代最高齢(69歳349日)で選出された大統領でした。現在のバイデン大統領は最高齢(78歳)で大統領に就任しています。

 

 

木村太郎さんは1982年に帰国し『ニュースセンター9時』の4代目キャスターに就任しました。その後1988年まで6年間キャスターを務めました。

『ニュースセンター9時』は、1974年4月1日から1988年4月1日まで平日21:00-21:40まで放送された報道番組です。

平日21時からの40分間という、民放各局がバラエティ番組やドラマなどを放送しているゴールデンタイムの時間帯に、あえて1日を振り返る番組として放送を開始しました

「ニュースセンター9時」の終了と共に、1988年にNHKを退社し、木村太郎事務所を開設しました。

 

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木村太郎の年齢・経歴&プロフィール

 

木村太郎さんは、1938年2月12日生まれの84歳です!(2022年現在)

アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身です。

先述したとおり、慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部を卒業し、その後進学した慶應義塾高等学校を退学処分となります。

1957年に東海高等学校に編入し、勉学に目覚め、1964年に慶應義塾大学法学部を卒業しました。在学中、3年ほど日本国外に留学に行っていたため、大学に計7年間在籍し学部を卒業しました。

長い在学期間の影響か就職活動がままならず、ゼミの指導員の紹介でNHKを受験。1964年にNHK入社後は、報道記者として活動しました。

NHK徳島放送局記者、NHK神戸放送局社会部記者などを経て、パリ支局中東・アフリカ担当、ジュネーヴ支局特は委員など主に海外支局特派員を経験しました。

1982年からは『ニュースセンター9時』のメインキャスターを務め人気を博しました。

1985年に発生した日本航空123便墜落事故ではニュース速報直後に通常番組の途中に開始された臨時ニュースを担当しました。

1988年に管理職としての打診があったものの、それを断りNHKを退社し木村太郎事務所を開設しました。

その後はフリージャーナリスト、コメンテーターとして活動しています。

 

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木村太郎 まとめ

木村太郎さんは、素晴らしい学歴の持ち主であることが分かりました。一時は、思春期ゆえか学校をサボったり、悪さをしたこともあったようです。

退学になったものの編入先の学校から慶應義塾大学に合格できたのですから、やはり木村太郎さんは頭のいい方なのでしょう。

現在もフリージャーナリストやコメンテーターとして活動していますが、年齢を感じさせない的確なコメントが魅力的な木村太郎さんの今後の活動にも期待したいです。

木村太郎さん出演のMr.サンデーMC、宮根誠司さんについてはこちらをご覧ください。

 

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